家族ひとりひとりを尊重するための『家族会議』で注目を集める玉居子泰子さんによるエッセイの連載。
私たちがいつの間にか忘れていた“瑞々しいキモチ”を何気ない日常から思い出させてくれます。
「日常にあるモノから楽しみを見出してほしい」そんなAnd MONOの想いを受けて書いてくださいます。日々のことや子育てなど。毎月1日の配信です。
2024年12月号
ー終わりは、はじまりのはじまりー
毎年、12月になると、少しほっとする。
1年間、それなりに、色々あった。年始に書いた目標が、それほど達成できていなかったとしても、振り返ればきっと、私たちは、本当によくがんばったのだ。
毎朝、暗いうちに目を覚まし、ごはんを炊いて、卵をまるめて、野菜を切って、お肉を炒めてお弁当をつくり、子供たちを送り出した。
しょっちゅう学校から呼び出され、雨の中足早に向かった。
週末は野球の応援にあちこち車を走らせ、汗と涙と砂まみれになって声を枯らした。おかげさまで、頬には大きなシミができた。もう45歳だもの。しかたがない。
ずっとワイヤレスイヤホンを耳から垂らしている(よく落ちないな……)思春期の娘に、何か声をかけては、「はー」と深いため息をつかれながらも、負けずに明るく話しかけた。
そんなことをしている間に、仕事の締め切りは、いつもの通り列をなして混雑していて、「ちょっと待って、ちょっと待って」となだめすかしながら、なんとか原稿を書き、いくつか新しい仕事にも挑戦した。
さらに今年は、大切な家族との別れがあった。2度。一人はとてもお世話になった人で、一人は、とても、若かった。
涙をどれだけ流しても止まらないんじゃないかという時間を過ごしたけれど、少しずつ、少しずつ笑うこともできるようになった。きっとあの人もあの子も、いつものように穏やかに優しく笑ってくれているだろう。
世界はキナ臭くて、衝撃的な映像があちこちで流れた。目を閉じても、テレビ画面をオフにしても、かき消せないほど強烈で、自分が何をどうできるのか、できないのかもわからなくなる。そしてもちろん、それは私たちの日常とは無関係だとはとてもいえないものであり、凄まじい勢いで日々を侵食してくる。
そんな色々なことがある。だからこそ、私たちは、このワチャワチャした素朴な日常を、必死で守ろうと奮闘する。
いくつものことが、はじまって、終わる。はじまって、終わる。終わりは時に、涙を連れてくる。
でも同時に、終わりがあるからこそ、私たちは頑張れる。一年の終わりがきた時、カレンダーをめくって、ああ、あんなこともあった、こんなこともあったと、振り返る。
その時の体験や感情や、空の色や、漂ってくる微かな匂いを思い出す。
悔しかったことも、嬉しかったことも、誇らしかったことも、やるせなかったことも、終わってしまった瞬間を思い出しながら、愛おしく思う。
そうしたら、また、新しいような気持ちで、新しい日常に、一歩踏み出すことができる。
顔を洗って、歯を丁寧に磨いて、ふかふかのタオルで拭いて、食器とお箸を捉えて、手を合わせる。家族がつくったおいしいものを食べて、洗って、玄関に慌ただしく向かっていく夫や子どもたちの背中に向かって、手を振る。
一度別れて、また出会うまで。
いつの日か、約束されたときに、本当の終わりがくるまで。それがいつなのか、わからないけれど。そうして、私たちはまた、終わりから、はじめるんだろう。
新しいカレンダーを飾って、ピカピカな気持ちで、はじまりの日を、迎えるんだろう。
【buck number】
2024年11月号 ー父の器で囲む食卓ー
2024年10月号 ー傘を忘れないでー
2024年9月号 ー頑張っても頑張らなくてもー
2024年8月号 ー夏は心がキーンとするー