エッセイ『かぞくの記憶』 2025年2月号 ー二月から逃げるー

COLUMN
エッセイ『かぞくの記憶』 2025年2月号 ー二月から逃げるー
家族ひとりひとりを尊重するための『家族会議』で注目を集める玉居子泰子さんによるエッセイの連載。
私たちがいつの間にか忘れていた“瑞々しいキモチ”を何気ない日常から思い出させてくれます。
「日常にあるモノから楽しみを見出してほしい」そんなAnd MONOの想いを受けて書いてくださいます。日々のことや子育てなど。毎月1日の配信です。


2025年2月号
ー二月から逃げるー


 二月が、苦手だ。
 もともと体温が低めなこともあり、子供の頃から冬は霜焼けに悩まされた。子どもなら、雪が降ればワクワクするものと思われがちだが、私は手足がガチガチに冷えるのが嫌で、外に出るのも億劫だった。
 小学生の時、毎朝、家のドアを開けると吹いてくる冷気に涙が出た。実際、学校に行く途中で何度も泣いて帰宅してきたことがある、と母が呆れ顔で話していた。

 

しかも、通っていた小学校は、一年を通じて短いズボンか膝上丈のスカートしかはいてはいけないというルールがあって、学校に着くと防寒具を脱いで、毎朝吹きさらしの校庭に集合させられた。「冬の寒さに耐えてこそ、元気な子になれる!」と朝礼で先生の話を聞かされるのが、苦痛で仕方がない。
 雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり、寒いのに半袖短パンで元気に校庭を駆け回る男子たちを、教室から氷のように冷ややかな目で眺めていた。


 さらに二月は節分もあるが、鬼がやって来るあの行事が、心底嫌いだった。
 特に、幼稚園児の頃、毎年二月三日になると、鬼に変装をした先生たちが、各教室に乗り込んでくるのがたまらなく怖かった。
 小さな私たちは、机と椅子でバリケードを作って、震えながらその下に潜った。
 クラスでも元気な男の子たちが、「僕たちが守ってあげる!」などと格好のいいことを言うのは始めだけで、鬼が叫び声をあげて襲いかかってくると、あっという間に全員が机の下にしゃがみ込んで震えて大泣きした。

 

イワシと柊を飾ってもなんの効果もない。豆を巻く隙なんてない。鬼は容赦無く私たちの教室にも入ってきて、椅子や机にしがみつく子どもたちを引っ張り、廊下に放り出した。 思い返せば、先生たちの迫真の鬼演技は見事だったが、当時は、恐怖でしかなかった。
 しかも、通っていた幼稚園は、キリスト教を信仰していたのに。
「豆まきとイエス様、関係なくない?!」と子ども心に不思議に思っていた。毎朝お祈りをしたり、イエス様に恥ずかしくない行いをしようと頑張っているのに、なぜ、鬼まで持ち込むの! 

 そんなこどもの頃の苦い記憶があるせいか、今でも二月は憂鬱だ。鬼の襲来をかいくぐって、この薄暗くて寒くて怖い月から逃げなくちゃいけないと、どこか震えてしまう。
 お正月が明けてから春がくるまで、飛ぶように過ぎていく日々を「一月は行く、二月は逃げる、三月は去る」と表現するが、私にとって、待ち遠しい春がやってくるまでの時間はとても長い。
 強敵の二月から、今年はどうやって逃げようかと思いながら、もこもこ靴下やあったか下着、手編みのセーターを味方にして、冬に挑む。寒い冬の朝に出かけなくてはいけないとき、柔らかく温かいコートと、皮の手袋に身を包むと、体だけでなく、心まで守られる気がする。
 ああ、大人になってよかった、と思う。


あと、ひと月すれば、三月になる。

 大好きな春は、もうそこまでやってきている。

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